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つくしの文学

文学がとらえた「つくし」はとっても魅力的です。
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澁澤龍彦「土筆の味」
飯田龍太「飯田龍太全集 紀行・編纂」
中里恒子「土筆野(つくしの)」
村田喜代子「土筆女(つくしめ)」

澁澤龍彦「土筆の味」より 澁澤さんちの“つくしの味”

澁澤龍彦「土筆の味」 作家、仏文学者、評論家として著名な澁澤龍彦は、「夢のある部屋」というエッセイで、「つくし」にまつわるほほえましいエピソードを残しています。

北鎌倉の円覚寺裏手にある澁澤邸では、春になるとおびただしい数のつくしが生えてきて、「毎年いやというほどツクシを食べた」そうです。「油でいためるものよし、酢の物にして、酒の肴にするのも乙なものである」という一文からは、えもいわれぬおいしそうな香りが漂ってきます。

澁澤は「近ごろでは日本でも、ツクシを食うことを知らない若者がいて、驚いてしまうことがある。拙宅にくる若い編集者に、酒の肴として、お小皿にツクシを盛って出してやると『へえ、食べられるのですか』などといって、あきれたような顔をしている」ともつづっています。

マルキ・ド・サドやジャン・コクトー研究の第一人者として、どちらかといえば“西欧”イメージの強い澁澤が、意外にも淡白な日本食を好んでいたことがわかる挿話といえるかもしれません。 「だいたいツクシは、食べても美味であるが、あのなんともいえない愉快な形の頭をしたヤツを、摘むのが面白いのである。土筆とはよくいったもので、あれはまさに地面から顔を出したペンシルであろう」という澁澤の言葉からは、ささやかな自然の贈り物に対する、ユーモラスで温かな視線が感じられます。
  〔出典〕
「夢のある部屋」 澁澤龍彦 (河出文庫 2004年12月20日初版発行) P.91-92
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中里恒子「土筆野(つくしの)」より 「つくし」が結ぶ母と娘の絆

「時雨の記」や「乗合馬車」などで知られる中里恒子(明治42年〜昭和62年)は、女性初の芥川賞作家としても有名です。

「土筆野」は、そんな彼女が昭和49年「新潮」4月号に発表した50ページ足らずの短編で、母娘の複雑な葛藤を細やかに描いた秀作です。物語は主人公のかをるが、娘の嫁ぎ先であるアメリカを訪れる場面から始まります。

両家の反対を押し切ってアメリカ人のユージンと結婚し、アイオワで生活する娘のいづみは、アメリカ流の価値観の洗礼を受けて独立心が旺盛。母親であるかをるの手を離れ、大人として巣立とうとしているのですが、日本的な「人情」の物差しで人生を送ってきたかをるには、そんな娘の心情が理解できません。アメリカという「別世界」の住人になってしまったいづみにわだかまりを持ち、1人孤独を深めていきます。

ですが、アイオワでいづみの婚家・ユージン一族と生活するうちに、かをるの心境にも変化が表れます。アメリカという異文化を理解し、心を鬼にして子離れしようを決意するかをる。

そしてラスト、川沿いを歩く母娘2人の目に、林立する土筆野が広がります。かをるはつくしを摘みながら、幼いいづみと一緒につくし採りをしたことを思い出します。

いづみはもう大人になり、母である自分から巣立ってしまった。でも、まだ子供の頃のつくし採りの思い出は覚えているだろうかー。

果たしていづみは、その思い出を覚えていました。いづみは母娘の絆を忘れ去ったまま、自分から離れていこうとしていたのではない。胸がいっぱいになったかをるは、夢中でつくしを摘み続けるのでした。


ここでの「土筆野」は、母と娘の絆をつなぐ重要なメタファーとして登場します。他者に依存せず独立した人間関係を築こうとうするアメリカ流に対し、しがらみや不条理を抱えつつも、相手に寄り添おうとする日本的な情愛の精神。物語のラストを飾る「土筆野」は、こうした日本的精神を表現しているのではないでしょうか。

温かな春の日差しを浴びて林立するつくしは、きっと慈しむように2人を眺めていたに違いありません。
中里恒子「土筆野」
〔出典〕
「土筆野」 中里恒子 (文芸春秋 昭和50年2月15日第一刷) P.209-250
 
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飯田龍太「飯田龍太全集 紀行・編纂」より 友と酌み交わす“つくし酒”

飯田龍太「飯田龍太全集」 どうやら「つくし」は、酒の肴として愛される傾向にあるようです。 山梨県出身の俳人・飯田龍太はエッセイの中で、井伏鱒二や三浦哲郎らとともに、中央線石和の東南にある御坂山系の麓の道を歩いた時の思い出をこうつづっています。

「笛吹川の支流の金川のほとりに出て一杯。見ると、あたりは土筆の群落である。これは悪くない今晩の酒のさかなではないか。早速みんなで土筆摘みをはじめた。摘みためた土筆をハンケチに包む。相当な量だ。もう十分だろうと思って見廻すと、川畔の向うに、三浦哲郎さんが居る。懸命につんでいる。私はふと、まだ見ぬ三浦哲郎さんの故郷、南部の八戸を想った。小説にしばしば描かれた地。そして、随筆に見える母者びとの住まれるところ。この土筆を小包にして、お母さんのところへ送ったらどんなものだろうと。その夜は、石和の甲運亭に泊まった。湯通ししたつくしは、三杯酢に山葵がまことによく合った。」

友人の母に思いをはせながら、つくしを肴に春の宴。何とも風流ではありませんか。また、つくしを湯通しし、三杯酢に山葵でいただくという単純な料理がとってもおいしそうに伝わってきますね。水で晒して和え物にしたり、甘辛く佃煮風に炊いたり卵とじにしたりと、つくしって、日本の食文化にしっかりと根をおろしています。そんな料理を肴に、春の小川を前にした座敷でひらく酒宴の興趣あふれる様を想像すると、何とも頬がゆるんできます。
  〔出典〕
「飯田龍太全集 第十巻 紀行・編纂」 飯田龍太
(角川書店 2005年12月31日初版発行)
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村田喜代子「土筆女(つくしめ)」より 女のエロスと業を映し出す「つくし」

1987年に「鍋の中」で芥川賞を受賞した村田喜代子は、現在も活躍中の女流作家。彼女が雑誌「新潮」2000年6月号に発表した「土筆女(つくしめ)」は、女たちのエロスと業を描き出した、不思議な味わいの残る短編です。

主人公の広実は仲良しの女友達3人とつくし採り旅行に出かけます。仲良しグループの1人、山添夏美の別荘周辺には、春になるとつくしがびっしり群生するため、毎年この別荘に泊まってつくし採りに興じるのが恒例となっていたのです。しかし、例年ならたくさん生えているはずのつくしはなぜかまだ生えておらず、4人は拍子抜けしたまま別荘へと向かうのでした。

「ツクシ採りは人生を泳ぎ渡る才覚に似ている」―広実は、それぞれの人となりをつくし採りの才能に重ね合わせます。

明るく豪快、辣腕のブティック経営者である夏美はつくし採りの名人。井上登志子はいかにも教師然とした俊敏な動作で、手堅い本数を採取してくる。開業医の妻である赤田雪子も、見た目はおしとやかだが手際は良い。それにひきかえ、平凡な主婦である自分は今ひとつ要領が悪い。広実は女性特有の視線で友人を客観的に分析しつつも、夫と息子に頼りながら家業の電器店を営む自分を、「商売の才覚も特技もない平凡な主婦」と実感するのでした。

その晩、今まで弱音など吐いたことのなかった夏美が珍しく愚痴をこぼします。親友だと思っていた店のスタッフが自分の夫を誘惑したというのです。ひとしきり慟哭する夏美をなすすべもなく見守る3人。

夜が明けると別荘の庭には、突如としてつくしの大群が出現していました。

その後広実は、夏美の愚痴が全部嘘だったということを知り、茫然とします。何のための嘘なのか、理由はあるのか。それとももともと平気で嘘をつく女なのか。広実は夏美の不可解さに混乱するとともに、あの夜を境に突如地面から顔を出したつくしに思いをはせるのでした。つくしたちはもしかしたら夏美の話し声を聴きに姿を現したのではないか。広実は「ツクシはな、人を恋うて生えとるぞ」という祖母の言葉を思い出すのでした。

村田喜代子を未読の方は、まず「土筆女」から読まれてみてはいかがでしょうか。女の業と原始的なエロスがひとつに溶け合った独特の不条理な世界観を、頭と心で感じてください。
村田喜代子「土筆女」
〔出典〕
「夜のヴィーナス」 村田喜代子 (新潮社 2000年8月25日第一刷) P.154-176
 
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